クルマの性能を示す指標としてよく用いられる「トルク」や「馬力(パワー)」。特に、馬力はクルマの運動性能を示すわかりやすい数値であるため、性能を語る時によく用いられる。自分のクルマのパワー(馬力)を覚えているクルマ好きも多いはず。だが、それらの指標を正しく理解したうえで使っているだろうか?クルマの馬力とトルクの関係は、馬力=トルク×回転数。これらの指標が意味しているものは何か。エンジンの特性を語る上での指標であるトルクと馬力の関係について解説する。
トルクは爆発によってクランクシャフトを回す力
下図は一般的なガソリンエンジンの模式図。混合気(ガソリンと空気)に火花を飛ばして燃焼させた力によってピストンを押し下げ、クランクシャフトを回す。クランクシャフトの回転はギアを通して車輪に伝わる。
この「燃焼」によってピストンを押し下げた結果クランクシャフトを回す力をトルクとイメージしておくとわかりやすい。
馬力はトルクを出し続けられるかを数値化したもの
では、次に馬力とトルクの関係について解説する。
例えば、同じトルクでクランクシャフトを回せる2つのエンジンを仮定する。一方のエンジンは1分間に1,000回転クランクシャフトを回すことができ、もう一方のエンジンは1分間に2,000回転クランクシャフトを回す事ができるとする。この時、2つのエンジンを比較すると1分間に2,000回転するエンジンの方が「クルマを前にすすめる」力が大きいと言える。この概念が馬力である。馬力は、
馬力=トルク×回転数
で求められるため、同じトルクでも回転数が高い、すなわち同じトルクであれば、1分間にたくさんクランクシャフトを回転させることができるエンジンほど、クルマを前にすすめるパワーが大きいことを意味している。
トルクと馬力の単位について
例えば、S660のトルクと馬力は、公式の主要諸元では以下のようになっている。
最高出力 47kW(64馬力)、最大トルク104N・m(10.6kgf・m)
単位と数字がややこしいが、日本ではクルマの性能指標はこれまで「PS」で語られていたが、最近はkW(キロワット)という国際単位の表示がメイン。kWと馬力(PS)の変換は、1馬力=0.7355kW。今後はkW表示が主流となっていく。トルクも同じく、N・m(ニュートンメーター)表示が一般的。
以降、馬力は「出力(kW)」、「トルク(N・m)」で記載する。
最大トルクが出る回転数と最高出力の回転数の違い
上のS660の主要諸元に最高出力、最大トルクのあとに/rpmという記載があるが、これは「この回転数でこの数値が出ますよ」という意味。例えば、最高出力47kWは、6,000回転の時。同じく最大トルク104N・mが出るのは、2,600回転の時。
ガソリンエンジンの特性として、特に軽自動車などの出力が限られてしまうようなエンジンや実用向けのエンジンでは、最大トルクと最高出力の回転数が異なるのが一般的である。ガソリンエンジンの特性として、回転数が高くなるにつれて燃焼時のピストンを押す力がクランクシャフトに伝わりにくくなるため、全領域でトルクを出すというのはなかなか難しい。特に軽自動車では限られた排気量で低回転の実用領域の使いやすさを確保する必要がある。そこで、ピークトルクを低回転で得られるような特性となるようにメーカーがセッティングしていると思われる。
では、S660の最高トルク104N・mのときの出力はどの程度か?を計算してみる。
出力=トルク×回転数 をもう少し詳しく記載すると、
出力(kW)=2PI×トルク(N・m)×回転数(rpm)/60/1000
となる。PI=3.14、トルク104N・m、回転数2,600rpmを上記に当てはめると、計算結果は28.3kW(馬力に変換するには0.7355で割る、すなわち1.36をかけると、38.5馬力)。
逆に、S660の最高出力47kW(64馬力)が出る回転数6,000回転のときのトルクは、
47 ÷ ( 6000 ÷ 60 ÷ 1000 ) ÷ ( 2 × 3.14 )=74.8N・mとなる。
一昔前のクルマのカタログには、トルクカーブと出力特性を示したグラフが載っていたと思う。S660のカタログにはそれがなかった。そこで、S660のプレスリリース公式資料を見てみると、エンジン特性は以下の様になっている。
上記画像は、赤色の破線がトルク特性。S660の場合には低回転でのトルクの厚みを増やして「低回転からの扱いやすさ」を重視した味付けのエンジンであることがわかる。逆に、4,000rpmでトルクが下がっているのは軽自動車の64馬力規制があるがゆえのセッティングで、ガンガン高回転まで回すというような使い方ではなく、低回転域のトルクを意識しながら3,000~5,000回転の領域で楽しむ乗り方をHondaが提案していることが見て取れる。サーキットで全開走行をすると、高回転領域のもどかしさを感じるのはこの特性のためであろう。
このトルク特性をECUチューニングによって改善していくのが楽しみだ。
気持ちいエンジンとはどういう特性か
ではここで、以前所有していたポルシェ・ボクスター987のエンジン特性を見てみよう。
素晴らしい。街乗りでの2,000~4,000回転の領域は必要十分な加速ができるトルクを有し、4,500回転以降の「スポーツ走行で使う領域」ではフラットなトルクが6,000回転まで続く。出力を見ると、ピークは6,400回転。それ以降は、ドライバに「これ以上はレブりますよ、あまり回さないでね」と教える。低速で必要十分な性能を持ちながら、4,500回転から6,400回転まで気持ちいい加速が得られるような大排気量らしい特性になっている。いわゆる、加速がレブリミットまで途切れない、フラットトルクの気持ちいエンジンであることがグラフからも想像できるだろう。
まとめ
馬力(パワー)=出力と、トルクの関係についてまとめてみた。トルクはクランクシャフトを回す力。馬力はそれを時間あたりにどれくらい出力できるか、という指標である。
エンジンの特性だけを考えるとエンジンはやはり低速トルクを重視したセッティングの軽自動車であり、高回転まで回す旨味があまりない。ただしそれは軽自動車の64馬力規制のためと思われるため、ベースの特性を活かすなら全域のトルク向上を目指すようにCPUをセッティングするのも良いだろう。なお、S660はサーキットで遅いかと言われれば、パッケージングやドライバーの腕でカバーできる部分が多いので、決してそんなことはないことを申し添えておく。
一方、ポルシェ987ボクスターの官能的なフィールは、エンジン特性のグラフにも表れている。大排気量のNAの素直さを楽しむことができるエンジンも魅力的だ。
S660も987ボクスターもどちらも楽しいクルマだが、馬力(パワー)とトルクの関係からクルマを考えると、クルマのキャラクターと開発者の意図を感じることができる。
こちらの記事で、DIYで作成したツールでS660の馬力を計測した結果を記載しているので興味があれば是非。
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